「いただきます」とは
ありがたく命をいただき、
感謝して食事をする事です。
また、ひろゆきさんのアフリカ横断旅の
話になりますが、
まさしく、この命をいただく光景を見て
つくづく飽食の日本を
考えさせられました。
ひろゆきさんとゲストの東出昌大さんが
乗合バスで移動中、狩猟とその獲物を
食することについて話をされていました。
そこでひろゆきさんは、
色々考えている東出さんに
何か思うところがあったのかも
しれません。
次にザンビアの首都ルサカという
街に向かっている途中、
ミートマーケットに行こう、
と言い出しました。
そこはニワトリやヤギ、
ブタ、牛などの動物が
狭い囲いに入れられて
生きたまま売買される市場でした。
その中で体重10キロほどの子ヤギを
購入し、マーケット内の
屠殺(とさつ)場でさばいて、
現地の人と焼いて食べる映像が
流れました。
まさしく
ありがたく命をいただく
という行為です。
その時思った事です。
当たり前のことですが、
魚にしても肉にしても植物にしても
それらの命で人は生かされてています。
私も含めて人間は、毎食の命に
心から感謝しているのだろうか?
賞味期限が過ぎたと言って廃棄し、
形が悪いと言って廃棄される命が
どれだけあるのだろう、と思います。
そんな折、
色々なテレビ番組で放送されている
食リポのについて思い出しました。
食リポの後、その食事は全て廃棄される、
ということを以前、ネットで見ました。
その時のコメントです。
「お金を払って買ったんだから、
買った人の自由」
「お店にしてみれば、広告宣伝になるから
構わない」
「お店で出る1日の廃棄物は、
こんなものじゃない」
「もったいないから全部食べろなんて、
そっちの方が怖い」など。
肉にしても魚にしても、
捨てられるために生まれてきた命では
悲しすぎます。
野菜にしても、捨てられるために
農家の方が丹精込めて作ったわけでは
ないはずです。
パックで売られている肉もお刺身も
その形で生まれてきた食物では
ないのです。
動物、魚を捌く人がいて、
見栄えよく、
パックに梱包しているのです。
その過程を忘れ、
お金や効率で全ての命や
作物を自由にできる
という考えが蔓延することの方が
とても怖いことだと思います。
私たちは他の生き物の命で
生かされているのです。
だから改めて感謝を込めて
「いただきます。」
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